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東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)110号 判決

原告

西森タカヲ

右訴訟代理人

稲田輝顕

被告

総理府恩給局長

右指定代理人

房村精一

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(原告)

「被告が昭和四四年四月一〇日付で原告の亡西森勝にかかる公務傷病恩給の請求を却下した裁定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

主文同旨の判決

第二  当事者の主張

(原告の請求の原因)

一1  原告は、亡西森勝(以下「亡西森」という。)の妻である。

2  亡西森は、左記のとおりの経歴を有し、従軍中の公務に起因して肺結核に罹患したものである。

昭和一二年八月二一日充員石集、陸軍工兵第一一連隊所属

同一三年三月三一日 召集解除

同年四月中旬ころ  肺結核発病

同年九月二八日   臨時石集、陸軍工兵第一一連隊留守隊所属

同一四年一一月三〇日現役採用

同一六年九月二七日 肺結核により善通寺陸軍病院入院

同年一二月一二日  兵役免除により軍人(陸軍曹長)退職

同二六年五月一六日 死亡

3  原告は、亡西森の遺族として、昭和四三年一二月三日付で被告に対し恩給法一〇条ノ二第一項の規定に基づき亡西森の生存中の公務傷病を理由とする恩給請求(以下「本件恩給請求」という。)をした。

4  これに対し、被告は、昭和四四年四月一〇日付をもつて、「亡西森にかかる公務傷病による恩給の請求については、同人のかかつた疾病は公務に起因するものと認められないとして、昭和一八年五月一日陸甲増第二三六八号をもつて棄却の裁定があつたものであり、同一事案について重ねて請求されても再審議するみちはありません」という理由で原告の右請求を却下する旨の裁定(以下「本件処分」という。)をした。

二  本件処分は、次の理由によつて違法であるから、取り消されるべきである。

1 亡西森は、昭和一八年二月二五日付で内閣恩給局長に対し、公務傷病を理由として恩給請求をし、同人の疾病が公務に起因するものであることを証明する証拠書類を添付したが、同局長は右書類を無視し、他に何らの根拠もないのに同人の疾病の公務起因性を否定して、同年五月一日棄却の裁定をしたものであるから、右裁定には重大かつ明白なかしがあつて無効であるといわねばならず、原告の本件恩給請求に対して、かかる無効な裁定のあつたことを理由としてされた本件処分は違法である。

2 また、原告の本件恩給請求は、亡西森の恩給請求の際に添付された証拠書類とは別に新たな証拠書類を付加してされたものであり、かかる請求に対しては、あらためて総合的観点からその請求の当否を判断すべきである。行政庁の処分には裁判のような既判力類似の効力がないにもかかわらず、前記のような形式的理由で請求を却下した本件処分は違法である。

(被告の答弁)

一  請求の原因一の事実中、亡西森の肺結核が公務に起因することは否認し、その余の事実は認める。

二  同二の事実中、亡西森が、原告主張の日付で傷病恩給を請求し、これに対し、同人の疾病につき公務起因性が認められないとして棄却の裁定があつたことは認めるが、その余の事実は争う。

(被告の主張)

一  原告は、恩給法一〇条ノ二第一項の規定により、亡西森の公務傷病による恩給を遺族として請求するというのであるが、原告主張のとおり、亡西森はその存命中右恩給を請求し、既に棄却の裁定があつたのであるから、本件恩給請求は、右規定にいう「死亡シタル恩給権者未タ恩給ノ請求ヲ為ササリシトキ」に該当しない不適法な請求であることが明らかである。

そして、右裁定は、亡西森が不服申立ての手続をとらなかつたため確定したものであるが、同人は、これよりさき昭和一六年一二月兵役免除となつて退役し、療養生活を送つていたのであるから、右裁定の後に、同人の疾病の公務起因性について事情の変更があつたということは考えられない。したがつて、原告の本件恩給請求は、右確定した恩給裁定において否認された恩給受給権につき、格別の事由もないのに再度の裁定を求めるものであり、同一請求の繰返しを禁止すべき必要性・合理性が存する場合に当たるから、一事不再理の理念に照らし不適法というべきである。

加えて、原告の本件恩給請求は、後記のとおり、これに添付されたすべての書類によつても、亡西森の疾病の公務起因性を認めるに足りないものであつたのみならず、亡西森についての恩給受給権の消滅時効が完成した後にされたものであることが明らかであつて、実体的にみても認容できないものであつた。

したがつて、被告は、以上のような形式的理由及び実体的理由をすべて勘案した上で、形式的理由によりその請求を斥けたものであつて、本件処分に違法はない。

二  仮に、右のように形式的理由により却下したことが誤りであるとしても、原告の本件恩給請求は、次の理由により実体上理由のないものであるから、その請求を排斥した本件処分は結局正当であり、取り消されるべきではない。

1 原告の本件恩給請求は、これに添付された原告主張の新たな証拠書類によつても、亡西森の疾病の公務起因性を認めることができないものである。

2 仮に、原告の本件恩給請求が亡西森の昭和二六年五月一六日死亡前までの肺結核の症状に基づくものであつて、右疾病が亡西森の公務に起因するものであるとしても、本件において考えうる恩給受給権は、次のとおり、恩給法五条によりいずれにしても原告の本件恩給請求前にすでに時効により消滅している。

(一) 仮に、亡西森の肺結核による症状の程度が、昭和二八年法律第一五五号による改正前の恩給法四九条ノ二、同法別表第一号表ノ四に規定する第六項症以上の増加恩給(普通恩給を含む。以下同じ)を給すべきものと認められる場合においては、同人の症状が恩給法四六条二項にいう「之カ為不具廃疾ト為リ又ハ其ノ程度増進シタル場合」に当たる時が同人に対し右増加恩給を給すべき事由の生じた日であるから、同日(それは、原告の死亡の日より後ではありえない。)の翌日から同人にかかる右恩給受給権についての時効期間は進行し、七年の経過によりこれが完成することとなる。しかるに、原告の本件恩給請求の請求書は、昭和四三年一二月九日に経由庁の愛媛県援護課に受け付けられたものであつて、右請求は、右時効完成後にされたものであることが明らかである。

(二) 仮に、亡西森の前記症状の程度が、昭和二八年法律第一五五号による廃止前の昭和二一年勅令第六八号(恩給法の特例に関する件)六条に規定する第七項症の増加恩給又は傷病年金に代わる傷病賜金を給すべきものと認められる場合においても、同人に対し右第七項症の増加恩給又は傷病年金を給すべき事由の生じた日については、前記(一)に述べたところと同様に解すべきであるから、この場合にも、原告の本件恩給請求は時効完成後にされたものであることが明らかである。

(被告の主張に対する原告の答弁及び反論)

一  被告の主張一について

亡西森の行つた恩給請求についての棄却の裁定に対し、同人が不服申立ての手続をとらなかつたことは認めるが、その余の事実は争う。

二  同二について

主張事実は争う。亡西森の恩給請求についての棄却の裁定は、前叙のとおり無効なものであるから、亡西森の恩給請求についてはまだ裁定がないのと同様の状態にあるものとみるべきであり、これに対し正当な裁定があるまでは同人の恩給受給権は時効によつて消滅しない。したがつて、公務員本人の恩給受給権が消滅しない限り、その遺族である原告の恩給受給権が時効により消滅する理由はない。

なお、本訴において、被告が処分時に判断した事項以外の事項を主張して処分の適否を論ずることは失当である。

第三  証拠〈略〉

理由

一請求の原因一の事実は、亡西森のかかつた肺結核が公務に起因するとの点を除き、当事者間に争いがない。

二まず、本件恩給請求を本件処分に付したような理由(編注、請求原因一4参照)により却下したことの当否について判断する。

亡西森が昭和一八年二月二五日内閣恩給局長に対し肺結核を理由とする傷病恩給の請求をしたが、同年五月一日「右疾病は公務に起因するものとは認め難い。」との理由により請求棄却の裁定があつたこと、右裁定に対し同人が不服申立てをしなかつたことは、当事者間に争いがない。

しかして、右裁定のように、裁判の手続に準ずるような争訟手続を経てされるのではない行政庁の判断に、裁判におけるような実質的確定ないし一事不再理効があると解することは相当でないから、亡西森又は同人の死亡後その遺族等が再度請求書類を整えて同一内容の恩給請求を行うこと、あるいは、この再度の請求に対し裁定庁がさきの裁定と異なる裁定をすることも、当然には妨げられないものといわなければならない。

被告は、亡西森が既に恩給請求をし棄却の裁定を受けた本件は、恩給法一〇条ノ二第一項により遺族が恩給請求をし得る場合に当たらないと主張する。

恩給法一〇条ノ二第一項の趣旨は、「恩給ヲ受クルノ権利」は同法に定める給与事由の発生によつて生ずるが、この権利は恩給権者の請求に基づき裁定庁が裁定の処分を行うことにより具体的に権利内容が確保するものとされている関係で、死亡した公務員につき給与せられるべき恩給がありながら、本人の生存中にその請求に基づき恩給を給与する旨の裁定がされなかつた場合に、その遺族又は相続人が自己の権利として右恩給を請求することを認めることにより、これらの者に対し恩給を支給する途を設けたものと解される。そして、前記のとおり、既に恩給請求を棄却する旨の裁定があつた場合にも、右裁定に実質的確定力を認めるべきでなく、再度恩給請求をすることを妨げない以上、恩給権者本人の恩給請求が棄却されたのちにおいて、同人の死後、なおその遺族又は相続人に恩給請求の途を開くことは、何ら恩給法一〇条ノ二第一項の趣旨に反するものではない。したがつて、本件において、亡西森の肺結核を理由とする傷病恩給につき、既に同人が生前これを請求し、棄却の裁定を受けたとしても、その遺族である原告が、右恩給につき自己の名をもつてこれを請求すること自体は、これを不適法なものということはできず、被告が原告の本件恩給請求を、本件処分に付したような形式的理由で却下したことは、正当ではない。

三次に、被告は、本件恩給請求が実体上理由のないものである旨を主張するので、以下この点について判断する。

まず、本訴において被告が右のような実体に関する主張をすることの当否について考えるのに、原告の本訴請求は、亡西森のかかつた肺結核が公務に起因するものであることを前提として同人の生存中の公務傷病を理由とする原告の本件恩給請求を却下した本件処分の取消しを求めるというものであるが、前述のとおり、恩給権は、権利者の請求に基づき裁定庁がこれを確認する行政処分(恩給裁定)を行うことによつてはじめて国に対する具体的請求権としての内容が確定するのであつて、恩給請求に対する裁定庁の判断の主題は、請求にかかる恩給権を確定すべきか否かにあり、したがつて、この裁定に対する取消訴訟における審理の対象は、請求にかかる恩給権の確定を拒否した裁定の違法性の有無にあるというべきである。したがつて、右取消訴訟において、被告たる裁定庁は、原告の恩給権の確定を拒否した裁定を維持しうべき全ての事由を主張することができるものというべきであり、裁判所の審理の範囲が裁定に付された当該理由の当否のみに限定される理由はないと解するのが相当である。

また、恩給給与規則二三条三項によれば、却下の裁定には理由を付するものとされているが、その趣旨は、裁定庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立てに便宜を与えることにあるものと解されるから、このことから直ちに、取消訴訟の審理の範囲が裁定に付せられた理由の当否のみに限定されるものと解することはできない。

四ところで、被告は、仮に亡西森の疾病が公務に起因するものであるとしても、右疾病を理由とする恩給受給権は、本件恩給請求前、既に時効により消滅したと主張する。もしそうであるとすれば、原告の本件恩給請求は、所詮認容される余地のないものであるから、本件処分は結局正当であり、これを取り消すべき違法はないものといわなければならない。そこで、右の点について検討する。

1恩給法五条によれば、恩給を受ける権利はこれを給すべき事由の生じた日から七年間請求しないときは時効によつて消滅する旨規定されている。そして、右規定にいう「これを給すべき事由の生じた日」とは、同法四六条一項の規定による増加恩給については「退職した日」、同条二項及び三項の規定による増加恩給については、公務傷病のため「不具廃疾となり、又はその程度増進したとき」と解すべきであり、また、昭和二一年勅令第六八号六条一項の規定による傷病賜金(昭和二五年法律第一五五号附則三条)についても右と同様に解される(ただし、同勅令一〇条の適用があるときは、これによる。)。

そこで、これを、本件についてみるのに、亡西森が昭和一六年一二月一二日兵役免除により軍人を退職し、同二六年五月一六日に死亡したものであることは当事者間に争いがないところ、〈証拠〉によれば、原告が本件の恩給請求書を経由庁たる愛媛県知事に差し出したのは昭和四三年一二月九日であることが認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。そうすると、本件恩給請求が亡西森の生存中のいかなる時点における症状に基づくものであるとしても、右時効の起算日たる「これを給すべき事由の生じた日」が亡西森の死亡した日である昭和二六年五月一六日より後になることのないことは明らかであるから同人にかかる公務傷病を理由とする原告の恩給受給権は、いずれにしても、遅くとも右同日から七年を経過した昭和三三年五月一六日をもつて時効により消滅したというべきである。

2原告は、亡西森の恩給請求に対する棄却の裁定は無効であるから、同人の恩給受給権は右請求に対する正当な裁定があるまで時効によつて消滅せず、これが消滅しない限り原告の恩給受給権も消滅することはない旨主張するけれども、右裁定が無効であると否とにかかわらず、亡西森の恩給請求がその死後も存続するなどということは恩給法上ありえないことであり、同人の死後はその遺族たる原告において恩給受給権を有するに至るのであつて、その受給権の時効の進行は別個に考えるべきであり、この点において原告の主張はひつきよう独自の見解であつて採用することはできない。

五よつて、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないことが明らかであるから、これを棄却することととし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(杉山克彦 石川善則 吉戒修一)

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